2021/10/15忘れないでね、ハイラックスのこと15
皆様こんにちは!ハイラックス担当です。
前回に引き続きハイラックス飼育の歴史を見てみましょう!
1974年に初めて安佐動物公園に来園した10頭のケープハイラックス。
非公開施設での飼育を続ける中で、1978年からは順調に子どもが育つようになり
10頭以上の群れを維持していきます。
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1980年10月に撮影されたケープハイラックス
複数の子どもが大人にまざって暮らしています。
そんな中、1981年にゾウ舎横にあったハイエナ・ジャッカル舎を一部改修し、
ハイラックスを展示することになったのです!
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1981年~2019年までケープハイラックスを飼育していた旧ハイラックス舎
懐かしいですね~
繁殖も順調に進み、1982年には20頭、1984年には40頭に達しています。
しかし、すべてが順調であったわけではありません。
1992年から1993年にかけて、感染症が原因と思われる死亡が多発するという事態が起きました。
すぐに獣舎内の消毒や消毒槽の見直しなど対策をし、以降そのような事例はありません。
その後は、大きな問題もなく、群れ展示を継続してきました。
さて、このようにケープハイラックスの累代繁殖に成功してきた安佐動物公園ですが、
もう1つ重要な功績があります。
それは、「繁殖拠点」としての役割です。
安佐動物公園は1989年から現在にいたるまで、
実に126頭を国内の18動物園館に搬出してきたのです!
※1984年以降に搬出したとの記述もあるため、1989年以前を含めるとさらに多くの個体を搬出しています。
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2017年に搬出した個体
もしかすると、皆さまが他の園館で見てきたハイラックスの中に安佐動物公園生まれのハイラックスがいたかもしれませんね!
今回はここまで!それでは!
HR